(10/ 6[水])97年は超えられないのか?

最近の議論を読んでいて確認しておかなければならないと思うのが、チームに何を求めているのか?と言うことです。

自信の考えも含めてほとんどのサポーター(推測ではありますが)はチームに97年の最強と言われたチームを再現・超えてくれることを期待しているハズです。しかしながら、現実として現在のチーム、つまりセレーゾ監督によるアントラーズはあのチームを超えられていません。それは疑いようのない事実であり、現実でしょう。

では、監督を含めて、あらゆる責任の所在を追求する前に少し冷静に今のチームを分析、あなたの求めるチーム(勝手ながらここでは97年のチームとさせてもらいます)と比較してみませんか?

1997年             2004年
   マジ 柳沢           鈴木 バロン
  増田   ビス         本山   小笠原
   本田 ジョル          中田 フェル
相馬 奥野 秋田 名良橋   新井場 大岩 金古 名良橋
     佐藤              曽ヶ端

まず、チームの中心についてですが、97年時にはビスマルク、ジョルジーニョ、マジーニョがいました。全盛期の彼らはJリーグでも頭一つ抜けた戦力であり、世界的な物差しを使っても決して見劣りのしない選手達でした。彼らとポジションを重ねて現在の主力を見ると、小笠原、中田、鈴木が現在のチームの中心のメイア(攻撃的MF)、ボランチ、FWでしょう。現在の外国籍選手よりも彼らの方をチームの軸として認識しても異論を唱える人はあまりいないでしょう。どのように客観的な判断を下しても、現在の彼らがとてもすばらしい選手であることを踏まえたとして、97年の主軸を超えていると主張することは難しいかと思いますが、いかがでしょうか?

次に視野をもう少し広げて、中盤の陣容を見てみましょう。当時のビス−増田のホットラインはJリーグ屈指の破壊力を備えており、技術的レベル、経験値をとっても高い水準であったことは間違いなく、ジョルジ、本田のダブルボランチも最強の名に恥じないコンビでした。特に本田のボランチとしての守備力はJリーグ史上でも高いレベルにあったはずで、彼の守備力によってジョルジーニョの攻撃参加も相乗効果を得ていました。現在の中盤も決して悪くはありません。しかし、ダブルボランチのコンビを比べたときにまだまだ現在の中田−フェルナンドのコンビは本田−ジョルジの域に達しいているとは言い難く、個々を比べても本山の才能は増田を上回っているかも知れませんが、1試合だけではなく中・長期的な目で見た戦力としては増田の方が上であったと考えられます。

2トップについては現在のどの組み合わせを考慮しても当時のマジーニョ−柳沢のコンビを超えられているとは言い難く、長谷川、真中ら実力、経験を兼ね備えた選手が控えていたことを考えると、現在の陣容にはちょっと太刀打ちは難しいでしょう。4バックについては当時の相馬−奥野−秋田−名良橋のラインが日本最高であったのは疑いもなく、両サイドバックの攻撃参加、バランス感覚、秋田のストッパーとしてのレベル、奥野のカバーリング、ラインコントロールは限りなく理想に近い4バックでした。しかし、現在ではまだまだ4バックとしての経験値の浅い新井場やほとんどルーキーに等しい経験値の金古、当時からは衰退をたどるしかない名良橋といった陣容です。唯一、GKのレベルは当時よりもあがっているかも知れないですが、現実的にチーム全体を見渡したときに当時を超えているとは言い難いかと思います。


では、話を本題に戻します。

小笠原が当時のビスマルクの域に、中田がジョルジーニョの域に達していないのは監督の指導力不足が原因であると仮定したとき、この仮定は本当に正当なものなのでしょうか?(*注:当然ながら小笠原、中田以外の選手も踏まえて)

僕は決してそうは思いません。自分自身の反省を含め、僕はここ数年97年を超えるチームを望みながら小笠原にはビスマルク越えをノルマとして求めていなかったし、中田がジョルジーニョを越えていかなくては、その求める最強のチームが実現しないことに目を向けていなかった様に思います。チームには強くなれとはいうものの、選手個人は求めるチームに必要なレベルに達していない事を認識しなければいけなかったんです。

そう言っておいては何ですが、もちろん、当時のチームを超えるには別の方法論が存在します。それはフェルナンドの位置にジョルジーニョを超える選手を配置し、小笠原にビスマルク以上のパートナーをあてがう事です。当然、2トップにも当時以上の戦力を獲得する必要もあります。たしかに理論的には可能な話ですが、これは現実的な話ではありません。

なぜなら、現在の鹿島は自立経営のチームであり、現在の浦和や横浜のような補強を期待できるチームではないからです。つまりは現有戦力をやりくりしながら戦っていく位置づけのチームなのです。ある意味では受け入れがたい事実ですが、それが現実です。

つまり、もし、チームに97年当時のチームを超えるチームを求めるのなら、小笠原のプレーを見て「Jリーグでも指折りの最高のメイアだ!」なんて浮かれてないで「上手いね、でも、まだまだビスマルクの域には達していないね。まだまだ成長して貰わないと困るよ」と思わなければ、そこまでのレベルへの成長は期待できないし、中田にもジョルジーニョ並みの技術やメンタル、プロフェッショナル精神を求めていかなければならないでしょう。当然、本山にしたって、鈴木にしたって、深井にしたってみんな同じでしょう。

僕らは監督に高い順位を要求すると共に選手にもっと高い要求を突きつけなければいけないし、彼らがそこに達しなくてはチームはあの97年のチームのレベルに到達できないでしょう。いい監督がいたら、小笠原はビスマルクを、中田はジョルジーニョを超えられる選手に成長できるんでしょうか?そんなに甘い世界ではない事は誰でもわかっているかと思います。いい監督がいれば、グッドプレイヤー程度の選手は育つでしょう。しかし、本物のワールドクラスは誰かが作れる存在ではありません。選手自身の向上心と絶え間ない努力を無くしてそこに達することなど不可能だし、もし、それが出来ないからと言って選手本人以外にエクスキューズを求めるなんてもってのほかでしょう。


これは付け加えですが、僕は鹿島というチームが現在の浦和、横浜と資金力で戦えない以上、常に優勝を争うチームという位置づけを維持できなくなってもそれはそれで受け入れるべき事だと思います。しかし、当然ながら現在の浦和や横浜の資金力もサッカー文化が未だ根付いていない日本では永遠のものではないでしょうし、いずれ彼らの資金力も途絶えるはずです。その時には再び覇権を奪回できるだけの力を自立経営によって蓄えていれればいいと思います。ただし、そうなるのであっても絶対に失ってはならない理念があります。それは、地域密着という事です。限られた資金ではあるものの本当に地域密着していれば、それはそれでクラブとして十分な存在価値を認めることができる。しかし、現実的にはこれはもう既に失われたしまった理念なんじゃないかと感じる事がしばしばある。これを本当に失ってしまったらいつか鹿島にはなにも残らない日がやってくることになりかねないのにも関わらずである。そう言う意味では選手にはまた違った意味での要求も必要になってくるはずだし、もう一度、様々な問題点を整理するべきじゃないかと思う。